革命国家が勝利に向かって前進する玉川上水のブログ

駿河南海軍工廠の後継。近現代史小説を中心に掲載。

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Category :  橘家の一族
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 改札口にたちはだかり、何者も通さぬ構えのそいつと、凛はもう三十分以上対峙している。
「大雪のため、運行見合わせ」
 しかし、黒のマーカーで瑞々しく、太々と書かれたその立て札は、凛がいくら威そうが賺そうが、一ミリでも動きそうにない。
 凛は対手を睨んだまま、僅かずつ間合いを取ったり、詰めたりした。
 だが、その程度の誘いに乗るような敵でないことは、これまでの対峙からもあきらかだ。
「大雪のため、運行見合わせ」
 敵は自分の言い分を、ただひたすら、一方的に繰り返すのみである。
 それに対して、凛はそろそろ足が痛くなってきた。
 革靴で、じりじりとすり足を続けたせいだ。
「おのれー」
 凛は強い敗北感を感じ、せつない気持ちに包まれた。




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 一膳めしを食わす、「よしのや」という店でのことである。
 ――どうしたもんか。
 凛は、悩んでいた。
 学校の帰り、意を決して立ち寄ったわけだが、腹が膨れてしまうと気後れがしてくる。
 どうでもいいことのような気がするし、考えてみれば、実際どうでもいいことだ。
 客は一人もいない。
 店の奥では、年嵩の痩せこけた店主が、どんぶりを拭いている。
 ――やるべきか、やらざるべきか。
 凛は悩み、悩んでいるうちに、小皿の上の漬物の一片もなくなってしまった。
 いつまでも考えているわけにもいかない。
 この店はなんとなく学生服が目立つようだし、「金がないのか」と思われるのも癪だった。
 あきらめようか……?
 しかしそれにしては、条件が整いすぎている。
 まず、理想的状況と言ってよい。
「よし」
 ――やろう。
 凛は決意した。
 凛は卓の上に金を置き、わざと音を立てて学生鞄を取り上げた。
 そして、
「おやじ!」
 痩せこけた店主が、「はっ」と面を上げる。
「勘定置いとくぞです!」
 足早に店から逃げた。


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「はい、たちばな・りん さんね。タチバナってのは、どっちの字かしら。お花の方?」
「どっちも花ですよ」


 


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 あぁ、その話か。あの時のことは私もよく憶えている。
 あれは1988年の夏。今はなき我が共和国が、米帝の傀儡――当時共和国では「南」の国名を口にすることを法律で禁じていた――に対して、最後の総反撃戦争を企図し、準備を進めていた頃だった。……そう、いわゆる第四次奥羽越戦争のことだ。
 当時私は、武力省平和統一部で人民軍大尉として働いていた。年齢は、そうだな、まぁ二十四くらいだったかな。
 平和統一部というのは、お前たちの国で言えば情報軍のようなもので、部扱いだが我々の能力は貴様らの国の情報軍を遥かに凌駕して――
 なに、若すぎる?
 馬鹿者。私がそれだけ有能な人民軍士官だったという証明だろうが。
 ……貴様もしつこい男だな。
 あぁ、うるさい。私の思い違いだ。確かに貴様の言うとおり、私は二十八だった。これで満足か。
 話を続けるぞ。
 当時、米帝の傀儡は――すまない、まだ昔の癖が抜けなくてな。兎に角当時の「南」は、80年代後半のバブル景気に湧き立ち、その国力、特に経済力を飛躍的に伸ばしていた。
 だが我が共和国はといえば、率直なところ、「南」の繁栄とは反比例して、国力は日々衰微していく一方だった。
 これは私がいちいち説明せずとも、公に広く知られていることではあるのだが、我が共和国は、「南」と米て……アメリカがそうであるように、共産圏の総本山であるソ同盟と、軍事・政治・経済、あらゆる面で密接な関係を持ち、その影響を強く受けていた。
 ところがその要石のソ同盟で腐敗が進行した結果、ソ同盟は諸国を糾合する力を失い、共産圏全体が落ち目になっていったわけだ。そうして、それは共和国でも例外ではなかった。
 当然だが、平泉の人民戦線指導部は焦った。「このままでは共和国はジリ貧だ」とな。
 結局それは杞憂であり、誇大妄想でしかなかったが、少なくとも連中は、「南」の爆発的経済成長が永久に続くと思っていたのだ。
 しかし共和国はといえば、話した通りの有様で、国内、特に農村の惨状は凄まじいものがあった。
 樺太、エトロフなどは殆ど無政府状態に近く、管理不能になったから、ソ同盟に与えてしまえという話も出た。後年、実際その通りになったがな。
 南北の格差は広がる一方で、このまま十年もすれば、共和国は「南」に永久に追いつけないどころか、連中が北進して、一方的に叩きのめされるに違いない、という考えが、当時の指導部で大勢となっていた。
 誰も何も言わないうちに、軍は開戦のためのあらゆる準備を進めていった。
 陸軍では百万人が新たに動員されたし、海軍の機動部隊も千島の沖で毎日のように実弾を撃った。
 お前たちはあの開戦のことを晴天の霹靂だったと言うが、あれだけ大掛かりな戦争準備をしていたのに、本当に何も思わなかったのか?
 ……なんだと?
 たわごとをぬかすな! 共和国でも「南」と同じように、その『バブル』とやらの恩恵を受けていたとしたら、そもそも我々はあのような挙に出はしなかった!
 そのような世迷言を二度と口にすれば許さんぞ。
 まぁ、いい。当時の共和国の秘密主義は、常軌を逸したところも多々あったからな……。
 兎に角当時「南」で起きていたことと反対のことが、共和国で起きていた、と考えれば理解が早かろう。
 そのひとつが、我々平和統一部国内課が行ったスパイ狩りだ。
 開戦に備え、「南」の浸透分子を徹底的に排除する命令が下され、予算も普通時の倍、計上された。
 だから貴様の言うとおり、大規模な防諜作戦が当時行われたのは確かだ。
 しかし貴様には悪いが、そのことは貴様たちが言う杉沢村事件とは、まったく関係ないことだ。
 あれは、陸軍が山中の村落を舞台にした実弾演習場を欲したため、政府が青森県令に命じて徴発したものだ。
 つまり、あれは最初から事件でもなんでもない。
 ただ、その中に「南」のスパイが居て、そいつが逃げたので、我々が山狩りを行って射殺しただけだ。
 村民を全員……などという話は、おおかた「南」の情報軍あたりが流した謀略宣伝だろう。
 実にくだらぬ。
 当然、他の村民は全員別の土地へ移したし、今も生きているだろう。
 もっとも、共和国は崩壊の時、戸籍も含めあらゆる公文書を焼却してしまったから、実際に会うことは難しいかもしれんがな。
 事件の話を聞いたとき、我々はそれを一笑に付した。あまりにも事実無根のことだったからだ。
 共和国人民軍は、その建軍以来、常に武士たるよう求められて来た軍隊だ。
 怯懦、卑劣を憎み、己を律すること厳しく、清廉潔白を高しとする武士となるよう、私も、そして皆も、厳格な教育を受けた。
 だから、私には信じられなかった。
 我が軍が東京に水爆を落としたと聞かされた時には――。

 週刊「スパイ」別冊「北日本諜報機関・おそるべき秘密国家の全貌3―党が英断すれば我らはやる」(1992年刊)より、元人民軍少佐・橘楓(平和統一部国内課)の回想



 




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 学校の帰りだった。夏休みだが、剣道部の練習がある。
 途中、書店に寄り道した橘凛は、夏用の白いセーラー服のまま、時代小説コーナーの前で文庫を立読みしていた。剣道具は床に置いてある。
 突然、隣に居た二人の客が口論を始めた。
「でも、靖国神社にはA級戦犯も合祀されているでしょ。それはどうなるの」
 四角い眼鏡をかけた白髪の老人が言う。色あせた水色のワイシャツは襟がくたびれ、歪んでいる。
「それは物事の本質とかかわりがない。日本国の首相が、かつて日本のために戦った英霊に、哀悼の誠を捧げる。これに意義があるんだよ」
 相手も老人だった。こちらは眼鏡はかけていない。背が低く、反対に声や身振りが大きい。容貌はどこか河童を思わせる。
「そんなことは聞いちゃいない。たとえば徴兵されてサイパンかなんかで玉砕した兵隊と、東條英機を、一緒にしていいのかということだ」
 凛は、既に荷物ごとコーナーの端っこのほうに逃げているが、二人はなおも口論をやめない。やめるどころか、ますます白熱しつつある。
「戦死した英霊を祭るのにさえ外国の顔色を窺うなんて、そんな独立国はないよ、あんた。英霊もそんな日本のために命を捧げたつもりはないはずだ」
「いいえ、過去のことよりも現在のことを考えるべきですよ。日本の首相が参拝することに、不快感を表す国もある」
 やがて、店員が騒ぎに気が付き、駆けつけてきた。
「困ります、お客様」
 すると、小男の側がぎょろりと目を剥いた。
「なにぃ。何が困る」
 店員は凛のほうをちらと見て、
「他のお客様のご迷惑になりますから、もうすこしお声を小さく」
「俺たちは国事を論じているんだぞ」
 眼鏡の老人が怒号した。
「そうだ。何も分からん若造が邪魔するな」
 小男もここへ来て初めて相手に同調し、口を揃えた。
 店員は対応に困って一旦店の奥へ行き、店長を伴って戻ってきた。
「ここでは他のお客様もおりますから、どうぞ、事務所のほうへ」
 店長はそう言って二人を招いた。
 老人はそれに従い、凛はその後姿を黙って見送った。
 そうして、二人は二度とそこから出てくることはなかった。



 




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