革命国家が勝利に向かって前進する玉川上水のブログ

駿河南海軍工廠の後継。近現代史小説を中心に掲載。

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 日記というものは元来冷静なものであると思う。
 文字を書くという動作は、感情ではなく、理性的な思考を脳に要求する。
 むろん、意図して感情的な文章を作るなら別だが、それにはそのような文章を「考える」必要があるだろう。

 日記を書く行為には、自らの内面を振り返り、冷静な考えを取り戻す意味がある。
 むかし、手書きで日記を書いていたころ、他人の日記を勝手に読むのがご法度とされたのは、そのためということもあるだろう。

 では、このようにPCや携帯で書く場合はどうか?
 私としては、キーボードで文章を打ち込む作業は、どちらかといえば声に出して喋る感覚に近い、と思う。
 世界で何人いるか知らないが、とりあえず多くの人が、現在、ネット上に自分の日記を公開している。「日記は恥ずかしいもの」という概念がネットにおいても健在であれば、とてもそんなことは有り得ないはずだ。
 つまりネット上での日記なるものは、実は日記ではなく、家族、友人に「今日あったこと」を間繋ぎに話しているようなものでしか、ないのではないか。

 コメント欄や掲示板でのやり取りを見ても、手紙の交換というよりは、やはりどこか
「口頭での雑談」
 に近いムードがある。
 しかしその内容が、完全に「口頭での雑談」であるかというと、これもそうではないのだ。
 いくら私でも、オフ会に出れば、こんなアニメキャラみたいな口調で話しているはずがない。(多分)




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 アルビノの少女キャラは無口で無表情、とたいてい相場が決まっているようだが、アルビノは見かけだけでなく性格にも影響を及ぼすのだろうか。
 通りのいい典型としてはエヴァのレイがあるが、それ以前のそのようなキャラクターの類型としてはどういうものがあるだろうか。
 その点ではハルヒの長門はアルビノではないが、これは単にアルビノにしてしまうとそのまんまレイだから、という理由があるかもしれない。

 また、「白い肌・赤い眼」は、同じくアルビノのウサギを連想させる。ウサギはイヌやネコと違って鳴かず、草食で、性格もおとなしい。
 東方シリーズのウサギどもはウサギに見えず、耳だけがウサギで違和感を受けるが、これは連中がやかましいところに原因があるかもしれない。そもそもウドンゲはともかく、てゐはアルビノでさえない。てゐは初登場時はセリフのない中ボスだったため、神主もよく考えずにデザインしたのかもしれない。多分そうだろう。
 あと語感が似ているので紛らわしいが、アル中の少女キャラではない。


 

 上はアル中のおばさん。


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 ゲーリングっていいですよね。
 ドイツの軍服を着ていて、デブで元帥なら、誰でもゲーリングだと分かる。


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 一年ほど前、ちらと明かした構想がある。
 覚えてある人も少なかろうと思うので、あらすじを簡単に紹介すると、

『明治維新が徳川家中心の雄藩連合政体となって、旧時代の弊害を多く内包したまま終わったため、WW1後ロシア革命が日本に波及。諸侯の軍が混乱に陥る中、とある駆逐艦長がひょんなことから帝を救出。その功が元で後に独裁者となり、日本の近代化を推進し、ひいてはWW2を指導する』

 という、いわば日本版ホルティ・ミクローシュ提督みたいな話だ。
 発案から長い時間が経ったが、別に忘れているわけではなく、ただ片手間に書けるようなネタではなさそうなので、私自身の立場(今は一応受験生の身なので……)がもうちょっと安定してから、と思ってとってある。

 さてそんな独裁者話だが、この話のテーマは、ひとつには
『「失敗に終わった明治維新」のやり直し』
 ということが、ある。
 徹底的な改革を果たせなかったこの世界の維新は、「新時代の建設」というよりは、「旧時代の延命」に過ぎない段階で終わらせてある。
 その延命策もとうとう力を失い、徳川氏が打倒されるのが、WW1終結直後の1919年、というわけだ。
 そこからがいわば、日本の「第二の維新」である。
 この世界の日本を、最終的にどのような方向へ向かわせるかは、私自身、まだ決めていないが、その分、作品の持つ自由度はいまだ高いものがある。

 幕末という時代には、本当に多くの思想家が出現し、それと同じ数の「理想日本」が夢想された。
 維新前夜の日本の国は、近代国家としては生まれたばかりである。
 あらゆる可能性があったのだ。
 現実にはなかった「二度目の維新」を考える上で、幕末の先達が思い描いたさまざまな国家像に思いを馳せることは、けして無益ではあるまい。
 そこで、幕末に登場した無数の思想家たちの中から人物を選び、その生涯を取り留めなく紹介しながら、彼らが願い、そして実現しなかった「有り得たかもしれない日本像」を、数回に分けて書いていきたい。


 前置きが、無闇と長いのが悪癖である。
 チャッチャッ、と行こう。
 さて第一回目は、越前国福井藩の士・橋本左内、でやりたい。
 というのも、「徳川政権温存」「親露開国」の路線を採るこの小説では、この人物は設定上、非常な重要人となったであろうことが予想されるからである。

 さて、橋本左内。
 その特筆すべきは、卓抜した先見性にある。
 彼は、勤王運動が大々的に巻き起こり、史上に名高い志士たちが活躍する時代の十年も前、つまり黒船が江戸湾に姿を現した直後から、風雲の渦中に身を投じていた人物である。
 そのうえ、彼は早くから開国・通商派の論客で、当時の感覚からすれば、これは国賊だ。
 人間以下である。
 幕末というのは、その短い言葉で一括りに出来ないほど、議題の移り変わりが激しい時代であったが、橋本左内が生きたのは、そもそも「攘夷か開国か」などという議論さえなかった当時であった。
 神国である日本から異人を払うのは、当たりまえであり、それが開国を唱えるなどは、奸賊とされ、天誅と称して殺される時代だったのである。
 そのような時期にあって、橋本左内の唱えた論は、異常であった。

「世界はいずれ、イギリスとロシア、この二大国の分割するところとなるであろう」

 いきなり、今後予想される未来の世界情勢を説いている。
 左内は更に言う。

「極東の小国であるに過ぎない日本が生き残るには、日露同盟か、日英同盟か、そのいずれかを選択せねばならない。自主路線ということもあるが、日本がそれを保つには、満州、朝鮮、沿海州、東南アジア、アメリカ大陸などに属領を持つほどでなければ無理である。しかしこれらには既に欧米列強が進出しているから、わが国がいま獲得することは不可能であろう」
 
 当時日本にあった海外情報の量を鑑みるに、怖いくらいの識見の高さである。

 左内は更に、日本が外国と対等に渡り合うには、幕府の政治改革が必要である、と説く。
 その目指すところは事実上の雄藩連合政体であり、幕府の重職をこれまでのように直参、親藩、譜代からのみ求めるのではなく、外様諸藩からも広く賢材を求め、幕政に参画させるべしというものである。
 もしこのような幕政改革案が容れられていたすれば、幕府はあと百年も持ちこたえたかもしれない。
 しかし言うまでもなく、そうならなかったのが現実の歴史である。
 橋本左内は、徳川幕府十四代将軍を誰にするかという、いわゆる安政の将軍継嗣問題に際し、英明をもって知られた一橋慶喜(後の徳川慶喜)を推す一橋派に与して、能力よりも家格を重んじる南紀派と対立し、結果敗れ、南紀派の井伊直弼によって投獄・斬首された。
 その享年、二十六である。
 もし彼がそのまま死なず、連合政府の中で重きをなしていたとしたら、徳川のためにどれほど貢献をしたものか分からない。
 有為有望の士が次々と湧き出てくるのもこの時代なら、その彼らがまったくくだらぬことで命を奪われてしまうのも、この時代なのであった。



 
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