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小説
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◇
高天原を追い出されたスサノオは、暫くは姉アマテラスの顔を見たくないと思い、昇る太陽に背を向けて、それとは反対の方向へ飛んでいった。
そうして出雲国の上空あたりまで来たとき、スサノオは奇妙な形の雲と出会った。その雲は途方もなく巨大で、なお天高く上り詰めようとしている。
形は入道雲とも違い、クスノキの大樹のようだった。天辺で大きく笠が開き、膨らんでいる。
「面白い雲だ。こんな雲は見たことがない」
スサノオは高天原で奪って来た双発の戦闘爆撃機・アメノハバキリを駆りながら、天に沸き起こる巨雲を見つめ、
――八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に
八重垣作る 其の八重垣を
と詠んだ。雲が何重にも重なる出雲の地に、多くの家を建て、妻とともに住みたいという意味で、これは最古の和歌である。
頭上を見上げると、一本の飛行雲がするすると伸びていた。自機の高度を考えると、おそろしく高いところだ。
「なんだあれは。あんな高い場所を飛べるやつがあるのか」
スサノオは感心するのと同時に、もし弓矢があれば撃ち落してやりたいと思った。弓矢で届くような距離ではないが、元々鳥を打って生活していた彼である。
やがてスサノオは、機の燃料が尽きたため、眼下の緑々たる草原の上に着陸した。
遠くに山があり、草原の隣を川が流れている。
機を降りて川の水で身を清めていると、上流のほうから箸が一本だけ流れて来た。
「そうか、川上に人が居るのか。ちょうどよかった」
スサノオは顔を手拭いで拭き、川上に向かった。
アメノハバキリの二基の往復動機関は、まだパチパチ音を立てて燻っている。
◇
川のせせらぎを横に聞きながら歩いていくと、一軒のくたびれた水車小屋があった。
その横では、こちらもやはりくたびれた老夫婦が、年甲斐もなくわぁわぁ声を上げて泣いている。
「お前たちどうしたんだ。何をそんなに泣いている?」
スサノオが訊くと、老爺のアシナヅチが
「今年もヤマタノオロチがやって来る時期になったので、それで泣いているのです」
と答え、言い終えるとまたすぐに泣き出してしまった。二人があんまり激しく泣くので、事情をまったく知らないスサノオまで、可哀想で涙が滲んで来た。
「ばか、泣いてばかりいても分からんじゃないか。そのオロチというのは何のことだ」
すると、今度は老婆のテナヅチが答えた。
「オロチは、おそろしい化け物です。毎年村から一人、若い娘を生贄に出さなければ、その村は滅ぼされてしまいます。今年はついにクシナダの番になったので、悲しくて泣いています」
「クシナダというのは、そなたらの娘か」
「はい。八人いた娘のうち、残った最後の子でございます」
なるほど、とスサノオは思った。高天原では生贄という文化は既に廃れて久しいが、一歩その支配の及ばぬところへ出れば、まだまだこうした旧弊が色濃く残っているのだ。
――もしかしたら姉上がわしを送り出したのは、こうした辺境の騒乱を、わしに治めさせるためかもしれぬなぁ……。
スサノオは、決心した。
「よし、アシナヅチ、テナヅチ。もうよい、泣くのをやめよ。わしがそのオロチとやらを懲らしめてやる」
二人はしゃくり上げながら、顔を上げた。
「本当でございますか」
「あぁ、本当だとも。その代わり、そなたらの娘をわしの妻にくれ」
アシナヅチとテナヅチは、驚いて顔を見合わせた。
「あなた様のような尊いお方に、私どもの娘を?」
スサノオは大きく頷いた。
「うん。わしはこの出雲の地で妻を娶り、宮を建てて暮らすことに決めたのだ。こうして巡り合わせたのも縁というものだと思う」
二人の夫婦神は感動してスサノオに抱きつき、またわぁわぁ泣き始めた。スサノオも、二人と一緒に大声を上げて泣いた。
◇
一方、そうした事情を知らないクシナダヒメは、小屋の中で縫い物をしていた。
「あなたが、スサノオノミコト様?」
クシナダは、大きな目をぱちぱちさせて、スサノオを見ている。クシナダもスサノオの高名は耳にしているが、そのスサノオが何故こんなところに来ているのか分からない。
「そうだ。わしがオロチを退治して、そなたを妻にする」
スサノオが言うと、クシナダは不安そうに小首を曲げた。
「そうですか。けれど、大丈夫かしら」
「どういう意味だ」
スサノオはむっとした顔付きで、クシナダを見る。
「これまでも、他の村の人が生贄を差し出すのを拒んで、和国の空軍にオロチ退治をお願いしたことがございますの」
「そうなのか。それで、どうなった」
クシナダは、針で着物を縫い合わせながら答えた。
「追い付けませぬ」
「なんだと?」
「オロチは雲よりも何よりも、高い高ぁいところを、それはそれは凄まじい速さで飛びますの。ですから、和軍の飛行機などではとても」
「撃ち落せないのか」
クシナダは小さく頷いた。
「まず、無理ですわ」
スサノオは、今朝のあの飛行雲のことを思い出した。もしあれがオロチだとすれば、なるほど一筋縄でいく相手ではない。
「それに、和軍がオロチを退治していたのなら、私が生贄になるようなこともありませんでしょう?」
「そりゃ、そうだ」
それにこのクシナダという姫も、なかなか容易な少女ではない。
クシナダはスサノオの顔をまっすぐ見つめながら、言った。
「いったい、あなた様にオロチを退治できましょうか」
「分からん」
クシナダに訊かれて、スサノオは、きっぱりと答えた。こればっかりは、戦ってみなければなんとも言えない。
クシナダは目を丸くして、スサノオを見ている。
「まぁ……。オロチを退治して、私をお嫁様になさるのではありませんの」
「いや、そなたのことは必ず嫁にする」
「それでは、オロチのほうも何とかごまかして、やっつけませんと」
「うん」
スサノオは、早くも尻に敷かれつつあった。
◇
翌朝、村中の家から少しずつ酒を徴発したスサノオは、それをアメノハバキリに給油して、発動機を回した。
ビイィ、と風を巻いて翅が回る。その隣では、男が愛馬に草を食ませていた。
「だんな。だんなの馬は、随分と速そうですねぇ」
「なんだ? よく聞こえん」
男が話しかけてきたが、発動機の爆音がうるさく、スサノオは訊き返した。
「だんなの馬は、足が速そうだって言ったんですよ」
するとスサノオは豪快に笑って、
「お前の栗毛も、捨てたものではなさそうだ」
と応じた。
「ミコト様」
反対の側から、今度はクシナダヒメが声をかけた。
「どうです、具合は」
スサノオは発動機の回転数を上げてみた。音が高く、大きくなる。
「実にいい。これから飛んでみる」
するとクシナダは、後席の風防を開け、足場に足をかけた。
「おい、どうする気だ」
スサノオは後ろを振り返って、クシナダに言った。クシナダは身のこなしも軽く後席に飛び乗り、顔だけを出して答える。
「私も参ります。御供させてくださいまし」
「だめだ。何があるとも分からん。そなたは家にもどれ」
クシナダは風でなびく髪を手で押さえながら言った。
「ミコト様ご存知? この型の砲は、後ろにいて弾をこめる仁がいなければ撃てませんのよ。それに、もしミコト様に何かあれば、私はオロチに食べられるのですから同じことです」
「それはそうだが……。わしはオロチなど放っておいて、そなたを乗せて逃げるやもしれぬぞ」
すると、クシナダは声を上げて笑った。
「そのときは、私は自害して果てます。さあさ、これ以上の問答は無用。出発いたしましょう」
「仕方がないな」
スサノオは車輪止めの岩を馬主の男に払ってもらい、風防を閉めて離陸した。
◇
スサノオは村の上空を二度、大きく旋回すると、そこから南に向かって針路を取った。
「何やら機械がいっぱいですわ」
後席でクシナダが言った。
スサノオが教えた通りにしていれば航空図を描いているはずだが、操縦席からは様子がよく分からない。
「後ろに乗ったからには、そなたにはしっかり覚えてもらわなくては困るな」
「私に出来ますかしら」
自分から乗ったくせに、そんなことを言っている。
「大丈夫、わしは一晩で覚えた。そなたもそうしろ」
「はい」
クシナダは面相筆に墨をつけながら答えた。
そうやってしばらく飛んでいくと、青空の真ん中に黒点が現れた。
見つけたのはクシナダのほうが早い。
「何かしら」
「どうした?」
「ソラマメが空を飛んでいます」
スサノオは周囲を見回した。特に何も見えない。
「見えないぞ。方位は」
「酉(トリ)」
即ち西である。いまは南に向かって飛んでいるから、右手の方向だ。
スサノオもそれを認めた。確かに黒い豆粒が飛んでいる。同高度。
「あれがオロチかな」
「さぁ、よく見えませぬ」
「近付いてみよう」
スサノオは操縦桿を傾けて、豆粒に近付いていった。肉眼でも形を確認出来るようになった。ゴツゴツした無骨な形を持ち、四基の発動機が轟々と音を立てている。
「どうだ?」
スサノオが訊く。クシナダは首を振った。
「オロチではありませぬ。けれど、オロチの仲間ですわ。やっつけましょう」
ふむ、とスサノオはすこし考えた。
「あれは、オロチのなんなんだ?」
「揮発油給油機です。ここで給油をしてから来るのだとか。和軍の兵隊から聞きました」
「そうか」
スサノオはそろそろと給油機に接近していった。相手はさかんに発光信号を打って来る。スサノオには読めないが、おそらく「味方か?」とでも訊いているのだろう。
スサノオは返事代わりに、いきなり20ミリ機関砲で相手の空中線を吹き飛ばし、次に旋回式の銃塔に狙いを定めて、同じように潰した。
それを合図にして、相手は猛然と打ちまくってきたが、既に銃塔が一基潰れているので、その死角を縫って、スサノオは次々と銃塔を撃ち抜き、無力化していった。
ついに全部の機銃座を破壊したスサノオは、機を相手機の操縦席の真横に近付け、指で「北へ行け」と合図した。
相手操縦士たちが戸惑っていると、クシナダが13ミリ旋回機銃を取り出し、相手機の頭上に威嚇射撃した。相手は仕方なく、スサノオの言うとおりに機首を北に向けた。
◇
「よし、お前たちの仕事は終わったぞ。どこへでも行け」
給油機を元の草原に強制的に着陸させたスサノオは、高天原から持ってきた稲の苗を相手機の搭乗員たちに渡し、肩を竦めて去っていく彼らを見送った。
「こんなもの何に使いますの」
クシナダは、鶸鼠色の給油機をぐるりと見て回って、スサノオに訊いた。速度は出ないし、動きも鈍い。なにより銃塔は全部スサノオが壊してしまっている。
スサノオは腕を組んで給油機を見ている。如何にも頑丈そうなつくりで、スサノオはこれはこれで、嫌いな形ではない。
「オロチに冷や汗をかかせてやる。アシナヅチとテナヅチを呼んでくれ」
クシナダは頷いて、家のほうへ向かった。
◇

高天原を追い出されたスサノオは、暫くは姉アマテラスの顔を見たくないと思い、昇る太陽に背を向けて、それとは反対の方向へ飛んでいった。
そうして出雲国の上空あたりまで来たとき、スサノオは奇妙な形の雲と出会った。その雲は途方もなく巨大で、なお天高く上り詰めようとしている。
形は入道雲とも違い、クスノキの大樹のようだった。天辺で大きく笠が開き、膨らんでいる。
「面白い雲だ。こんな雲は見たことがない」
スサノオは高天原で奪って来た双発の戦闘爆撃機・アメノハバキリを駆りながら、天に沸き起こる巨雲を見つめ、
――八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に
八重垣作る 其の八重垣を
と詠んだ。雲が何重にも重なる出雲の地に、多くの家を建て、妻とともに住みたいという意味で、これは最古の和歌である。
頭上を見上げると、一本の飛行雲がするすると伸びていた。自機の高度を考えると、おそろしく高いところだ。
「なんだあれは。あんな高い場所を飛べるやつがあるのか」
スサノオは感心するのと同時に、もし弓矢があれば撃ち落してやりたいと思った。弓矢で届くような距離ではないが、元々鳥を打って生活していた彼である。
やがてスサノオは、機の燃料が尽きたため、眼下の緑々たる草原の上に着陸した。
遠くに山があり、草原の隣を川が流れている。
機を降りて川の水で身を清めていると、上流のほうから箸が一本だけ流れて来た。
「そうか、川上に人が居るのか。ちょうどよかった」
スサノオは顔を手拭いで拭き、川上に向かった。
アメノハバキリの二基の往復動機関は、まだパチパチ音を立てて燻っている。
◇
川のせせらぎを横に聞きながら歩いていくと、一軒のくたびれた水車小屋があった。
その横では、こちらもやはりくたびれた老夫婦が、年甲斐もなくわぁわぁ声を上げて泣いている。
「お前たちどうしたんだ。何をそんなに泣いている?」
スサノオが訊くと、老爺のアシナヅチが
「今年もヤマタノオロチがやって来る時期になったので、それで泣いているのです」
と答え、言い終えるとまたすぐに泣き出してしまった。二人があんまり激しく泣くので、事情をまったく知らないスサノオまで、可哀想で涙が滲んで来た。
「ばか、泣いてばかりいても分からんじゃないか。そのオロチというのは何のことだ」
すると、今度は老婆のテナヅチが答えた。
「オロチは、おそろしい化け物です。毎年村から一人、若い娘を生贄に出さなければ、その村は滅ぼされてしまいます。今年はついにクシナダの番になったので、悲しくて泣いています」
「クシナダというのは、そなたらの娘か」
「はい。八人いた娘のうち、残った最後の子でございます」
なるほど、とスサノオは思った。高天原では生贄という文化は既に廃れて久しいが、一歩その支配の及ばぬところへ出れば、まだまだこうした旧弊が色濃く残っているのだ。
――もしかしたら姉上がわしを送り出したのは、こうした辺境の騒乱を、わしに治めさせるためかもしれぬなぁ……。
スサノオは、決心した。
「よし、アシナヅチ、テナヅチ。もうよい、泣くのをやめよ。わしがそのオロチとやらを懲らしめてやる」
二人はしゃくり上げながら、顔を上げた。
「本当でございますか」
「あぁ、本当だとも。その代わり、そなたらの娘をわしの妻にくれ」
アシナヅチとテナヅチは、驚いて顔を見合わせた。
「あなた様のような尊いお方に、私どもの娘を?」
スサノオは大きく頷いた。
「うん。わしはこの出雲の地で妻を娶り、宮を建てて暮らすことに決めたのだ。こうして巡り合わせたのも縁というものだと思う」
二人の夫婦神は感動してスサノオに抱きつき、またわぁわぁ泣き始めた。スサノオも、二人と一緒に大声を上げて泣いた。
◇
一方、そうした事情を知らないクシナダヒメは、小屋の中で縫い物をしていた。
「あなたが、スサノオノミコト様?」
クシナダは、大きな目をぱちぱちさせて、スサノオを見ている。クシナダもスサノオの高名は耳にしているが、そのスサノオが何故こんなところに来ているのか分からない。
「そうだ。わしがオロチを退治して、そなたを妻にする」
スサノオが言うと、クシナダは不安そうに小首を曲げた。
「そうですか。けれど、大丈夫かしら」
「どういう意味だ」
スサノオはむっとした顔付きで、クシナダを見る。
「これまでも、他の村の人が生贄を差し出すのを拒んで、和国の空軍にオロチ退治をお願いしたことがございますの」
「そうなのか。それで、どうなった」
クシナダは、針で着物を縫い合わせながら答えた。
「追い付けませぬ」
「なんだと?」
「オロチは雲よりも何よりも、高い高ぁいところを、それはそれは凄まじい速さで飛びますの。ですから、和軍の飛行機などではとても」
「撃ち落せないのか」
クシナダは小さく頷いた。
「まず、無理ですわ」
スサノオは、今朝のあの飛行雲のことを思い出した。もしあれがオロチだとすれば、なるほど一筋縄でいく相手ではない。
「それに、和軍がオロチを退治していたのなら、私が生贄になるようなこともありませんでしょう?」
「そりゃ、そうだ」
それにこのクシナダという姫も、なかなか容易な少女ではない。
クシナダはスサノオの顔をまっすぐ見つめながら、言った。
「いったい、あなた様にオロチを退治できましょうか」
「分からん」
クシナダに訊かれて、スサノオは、きっぱりと答えた。こればっかりは、戦ってみなければなんとも言えない。
クシナダは目を丸くして、スサノオを見ている。
「まぁ……。オロチを退治して、私をお嫁様になさるのではありませんの」
「いや、そなたのことは必ず嫁にする」
「それでは、オロチのほうも何とかごまかして、やっつけませんと」
「うん」
スサノオは、早くも尻に敷かれつつあった。
◇
翌朝、村中の家から少しずつ酒を徴発したスサノオは、それをアメノハバキリに給油して、発動機を回した。
ビイィ、と風を巻いて翅が回る。その隣では、男が愛馬に草を食ませていた。
「だんな。だんなの馬は、随分と速そうですねぇ」
「なんだ? よく聞こえん」
男が話しかけてきたが、発動機の爆音がうるさく、スサノオは訊き返した。
「だんなの馬は、足が速そうだって言ったんですよ」
するとスサノオは豪快に笑って、
「お前の栗毛も、捨てたものではなさそうだ」
と応じた。
「ミコト様」
反対の側から、今度はクシナダヒメが声をかけた。
「どうです、具合は」
スサノオは発動機の回転数を上げてみた。音が高く、大きくなる。
「実にいい。これから飛んでみる」
するとクシナダは、後席の風防を開け、足場に足をかけた。
「おい、どうする気だ」
スサノオは後ろを振り返って、クシナダに言った。クシナダは身のこなしも軽く後席に飛び乗り、顔だけを出して答える。
「私も参ります。御供させてくださいまし」
「だめだ。何があるとも分からん。そなたは家にもどれ」
クシナダは風でなびく髪を手で押さえながら言った。
「ミコト様ご存知? この型の砲は、後ろにいて弾をこめる仁がいなければ撃てませんのよ。それに、もしミコト様に何かあれば、私はオロチに食べられるのですから同じことです」
「それはそうだが……。わしはオロチなど放っておいて、そなたを乗せて逃げるやもしれぬぞ」
すると、クシナダは声を上げて笑った。
「そのときは、私は自害して果てます。さあさ、これ以上の問答は無用。出発いたしましょう」
「仕方がないな」
スサノオは車輪止めの岩を馬主の男に払ってもらい、風防を閉めて離陸した。
◇
スサノオは村の上空を二度、大きく旋回すると、そこから南に向かって針路を取った。
「何やら機械がいっぱいですわ」
後席でクシナダが言った。
スサノオが教えた通りにしていれば航空図を描いているはずだが、操縦席からは様子がよく分からない。
「後ろに乗ったからには、そなたにはしっかり覚えてもらわなくては困るな」
「私に出来ますかしら」
自分から乗ったくせに、そんなことを言っている。
「大丈夫、わしは一晩で覚えた。そなたもそうしろ」
「はい」
クシナダは面相筆に墨をつけながら答えた。
そうやってしばらく飛んでいくと、青空の真ん中に黒点が現れた。
見つけたのはクシナダのほうが早い。
「何かしら」
「どうした?」
「ソラマメが空を飛んでいます」
スサノオは周囲を見回した。特に何も見えない。
「見えないぞ。方位は」
「酉(トリ)」
即ち西である。いまは南に向かって飛んでいるから、右手の方向だ。
スサノオもそれを認めた。確かに黒い豆粒が飛んでいる。同高度。
「あれがオロチかな」
「さぁ、よく見えませぬ」
「近付いてみよう」
スサノオは操縦桿を傾けて、豆粒に近付いていった。肉眼でも形を確認出来るようになった。ゴツゴツした無骨な形を持ち、四基の発動機が轟々と音を立てている。
「どうだ?」
スサノオが訊く。クシナダは首を振った。
「オロチではありませぬ。けれど、オロチの仲間ですわ。やっつけましょう」
ふむ、とスサノオはすこし考えた。
「あれは、オロチのなんなんだ?」
「揮発油給油機です。ここで給油をしてから来るのだとか。和軍の兵隊から聞きました」
「そうか」
スサノオはそろそろと給油機に接近していった。相手はさかんに発光信号を打って来る。スサノオには読めないが、おそらく「味方か?」とでも訊いているのだろう。
スサノオは返事代わりに、いきなり20ミリ機関砲で相手の空中線を吹き飛ばし、次に旋回式の銃塔に狙いを定めて、同じように潰した。
それを合図にして、相手は猛然と打ちまくってきたが、既に銃塔が一基潰れているので、その死角を縫って、スサノオは次々と銃塔を撃ち抜き、無力化していった。
ついに全部の機銃座を破壊したスサノオは、機を相手機の操縦席の真横に近付け、指で「北へ行け」と合図した。
相手操縦士たちが戸惑っていると、クシナダが13ミリ旋回機銃を取り出し、相手機の頭上に威嚇射撃した。相手は仕方なく、スサノオの言うとおりに機首を北に向けた。
◇
「よし、お前たちの仕事は終わったぞ。どこへでも行け」
給油機を元の草原に強制的に着陸させたスサノオは、高天原から持ってきた稲の苗を相手機の搭乗員たちに渡し、肩を竦めて去っていく彼らを見送った。
「こんなもの何に使いますの」
クシナダは、鶸鼠色の給油機をぐるりと見て回って、スサノオに訊いた。速度は出ないし、動きも鈍い。なにより銃塔は全部スサノオが壊してしまっている。
スサノオは腕を組んで給油機を見ている。如何にも頑丈そうなつくりで、スサノオはこれはこれで、嫌いな形ではない。
「オロチに冷や汗をかかせてやる。アシナヅチとテナヅチを呼んでくれ」
クシナダは頷いて、家のほうへ向かった。
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この記事に対するコメントの投稿
Computer:
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URL欄にアドレスを入れる者は、恐らく反逆者以外にはいません。
市民の幸福は、コメントを書き、Computer に奉仕することです。
あなたはComputer の仕事に感謝して、喜んでコメントを書きますね?
そうしないことは反逆です! 直ちに処刑の対象になります!!