革命国家が勝利に向かって前進する玉川上水のブログ

駿河南海軍工廠の後継。近現代史小説を中心に掲載。

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 昭和十九年の初頭だった。本土では梅の時期にあたるが、赤道直下にあるこのニューギニア北岸の地には、四季というものはない。当然、梅の花も咲かない。
 もし咲いていたとしても、空を飛ぶ彼らには見えなかっただろう。
 機上では、二基のハ-102航空エンジンが軽やかな唸り声を挙げている。
 海軍では「瑞星」という名で使用され、一般的にはその名のほうが通りがいいレシプロエンジンだ。
 今、そのハ-102が飛ばしているのは、双発の二式複座戦闘機である。
 キ-45改とも呼ばれ、「屠龍」という通称もあるため、これもまたエンジン同様、複数の名前を持つ機体、ということになる。
 が、ある程度筆者の好みが許されるこの物語では、勝手ながら、屠龍、の名で統一したい。
 して、その屠龍。
 先述した複座の語が示す通り、前席と後席がある。
 長い輸送任務の帰途であった。
 後席の後藤田軍曹が呟く。
「まずいな」
 伝声管を使っているから、独り言ではない。
「まずいぞ」
 後藤田は、繰り返し言った。
「何が、まずいんだ」
 前席、つまり操縦席に座って操縦桿を取る乾軍曹は、最初後藤田を黙殺していたが、うるさいので、仕方なく訊き返してやった。
 乾と後藤田は、もうどのくらい組んでいるのか忘れたという位、付き合いの長いペアだが、その後藤田の回りくどい話し方が、乾は嫌いだった。
 早く言え、と思う。
「このままだと、ビアクには帰れそうもないぞ」
 ビアク島、である。
 ビアク島は、東部ニューギニアの日本軍の主要な基地で、乾たちが飛んできたところである。近日中に最前線になると思われるウェワクへ、貴重な薬品を届けたあとだった。
「さっきは、帰れると言っただろう」
 乾がそう言うと、後藤田は
「いや、事情が変わった。燃料の喪失量が急に増えたんだ。おかしいな」
 乾たちの屠龍は、ウェワクを離陸してすぐ、太陽を背に突っ込んできた米軍戦闘機、P-47サンダーボルトと交戦していた。彼我の性能差を考えれば落とされなかったのは僥倖を通り越して奇蹟と言うべきだが、そのかわり燃料タンクに被弾してガソリンを噴いている。
 そのときウェワクに引き返していればよかったのだが、後藤田が帰れると言うので、そのまま西進したのだった。
 今からでは、引き返しても無駄だろう。
「どうするつもりなんだ」
 乾は後藤田に訊ねた。
 最悪の場合、ジャングルか浜辺に不時着する手もあるが、もしそうしたとしても、救助は全く期待出来ない。寧ろ苦しみを長引かせるだけだから、後藤田が不時着を主張するなら、乾は自爆しようと思った。
 後藤田は航空図を睨んで押し黙り、暫く経ってから答える。
「よし、ホーランジアへ降りよう。ギリギリだが燃料も保つ」
 ビアクとウェワクの中間に位置する基地である。
「了解」
 乾は後藤田の航法に従って、ゆっくりと機を傾けた。


 緊急着陸の後、乾はホーランジアの当直将校に報告を行い、同時に機の修理を依頼した。
 先方は快諾してくれたがそれは口約束だけで、乾たちの屠龍は相変わらず壊れたまま放置されている。
 本拠のビアク島に帰る術もなく、無為に日を送るうち、後藤田は敵機の機銃掃射を受けて死んでしまった。乾は後藤田の遺品を集め、多くを懐に収めた。乾が死ねば、それもまた誰かの手に渡っていくだろう。
「お客さん、不憫だね」
 ある日、整備兵の一人が乾に言った。そいつは後藤田が死んだとき、経文を唱えてくれた男で、内地では住職をしていたという。もっとも、真偽のほどは分からない。
「何がだ」
 乾はとぼけて、その煙管服を着た自称坊主に訊き返してみた。
 坊主は、以前離陸に失敗して転覆した三式戦闘機「飛燕」の翼に腰を降ろして、煙草を銜え、顎で乾の屠龍を示す。
「あんた、ビアクから来たっていうけど、もう帰れないと思ったほうがいいよ。うちじゃ喉から手が出るほど飛行機が欲しいんだから。いっぺん降りたやつは、まず帰しゃしない」
「しかし欲しいといっても、あいつは修理しなければ飛べない。飛べないものを大事に持っていて何になる」
「足りないのは飛行機だけじゃない。飛行機の部品はもっとないんだ。だから、直しても出て行くだけと分かってる機体を、わざわざ修理するわけがないだろ」
「ふむ」
 確かに道理のようだった。
 乾は黙って、坊主の言葉の続きを待つ。
「司令部の考えてることは分かってる」
 坊主は目線を乾の機から転じて立ち上がり、滑走路を挟んだ反対側の格納庫を見た。
 格納庫といっても屋根と骨組みがあるだけだが、そこには壊れていない屠龍が何機も翼を連ねている。
「あんたの屠龍は、修理されるどころか、逆にあれの共食いにされる」
「だろうな」
 乾は頷いた。同時に、そうなったら自分の扱いはどうなるかな、ということを考える。予備のパイロットとして遇して貰えるならそれでもいいが、悪くすれば小銃を持たされるかもしれない。彼は、今更歩兵になって新兵教育を受け直すつもりはなかった。
「それで、お前は何が欲しいんだ」
 乾は坊主に向かって訊いた。坊主は、恵比寿様の出来損ないのような表情で、「あんたは話が早い」と不気味に笑った。
 そうして彼は、煙草を挟んだ指をわずかに動かしてみせる。
「五箱でいい」
 かなり無理な要求だが、乾は嫌な顔をするでもない。
 乾は一度兵舎に戻り、衣嚢を持って出て来た。後藤田の遺品の中に煙草があったが、乾は吸わないので残っている。
「みんなやる」
 坊主の掌に、煙草が八箱積まれた。
「驚いたな。あんた、娑婆では煙草屋か?」
「いや、実家は駅逓だ」
 乾がそう答えてやると、坊主はなんとも不思議そうな顔をして唇を歪めた。聞いたことがない商売だ。
「馬でやる運送屋だよ。本土にはないらしいがな」
「ふうん」
 坊主は眉間を寄せ、そうして、動かなくなって久しい乾の屠龍を、もう一度見やった。
 眠っているようにも、死んでいるようにも見える。
「そんならあれは、あんたの馬だな」
「馬鹿野郎」
 乾は白い衣嚢を背に負いながら、低く答えた。
「俺の馬は、あんな愚図じゃねえ」


 翌日。
 煙草で釣った坊主が手を回してくれたおかげで、やっと修理が始まった。
 もっとも、整備班も手が足りないので、普段パシリに使われている若い新米整備兵が一人だけだ。
 よって、乾も作業を手伝うことになった。
 色白で温厚そうな外見通り、真面目な若者で、乾も寡黙な男だから、二人は特別会話もなく、黙々と修理を続けた。
 昼近く。
 休憩を取っていた時である。
「軍曹」
 その整備兵が初めて口を開いた。
 彼はちょっと機から離れ、腕を組んで、首を傾げている。
「この屠龍、どのくらい乗っているんです?」
 期間のことを訊いているらしい。
「そうだな。一年半というところかな」
 乾が答えると整備兵は、何故だか「納得がいかない」というような顔をした。
「その間に大きな怪我をしましたか」
「いや、」
 乾は怪訝な顔で、かぶりを振った。していない。
 若い整備兵の彼は、乾の屠龍にまた目線を戻して、少しずつ近付き、その先細りの機首に、そっと触れた。
 そうして、その薄い外板を二度、激しく叩く。
 乾は、黙ってそれを見ていた。
「軍曹」
 彼は、暫くその姿勢のまま沈黙していたが、やがて二、三歩引き下がり、乾を見た。座っている乾を、見下ろすような格好になる。
「こいつは、直さないほうがいいです」
「なんだ?」
 乾は話が分からない。
「この屠龍、凶相が出ています。直せば災いを為します」
 乾は瞠目した。
 ―-こいつは、どうかしているのか……?
 実際、最前線ではよくあることだ。
 しかし乾は、午前中の彼の仕事振りを見ているし、それに言葉もはっきりしているから、彼のことを狂人とは断定出来なかった。
「だが俺は、こいつを直してもらわないと基地に帰れない。この際、凶相でも何でも構わん」
 乾は、渋る整備兵を根気良く説得して説き伏せ、作業を再開した。
 修理が済んだのは、十五時をすこし過ぎた頃である。
 翌朝、乾はその凶相の屠龍に一人で乗り込み、ホーランジアを発った。
 乾は海岸線に沿って西へ飛び、途中機位を見失うでも、敵機の襲撃を受けるでもなく、無事ビアク島の飛行場に、砂塵を上げて降り立った。
「生きていたんですか、乾さん」
 かつての機付の整備兵が、乾の生きた姿を見て、叫ぶように言った。乾は飛行帽を取り、無言で頷いてみせる。
「お一人ですか……。後藤田さんは」
「死んだ。それより水を一杯くれ」
「は、今すぐ」
 彼は兵舎のバラックに向かって、慌しく駆けて行った。
 乾はそれを見送り、それからふと、いま降りたばかりの屠龍に向き直る。
 そうして、緑の縞模様が入った屠龍の機首に、あのホーランジアの年若い整備兵がしていたように、そっと手を触れてみた。
 愛馬の鼻先に触れたような温もりが、掌を通して伝わる。
 ――何が凶相なものか。
 と、乾は思う。
 ――こいつこそ、千里の馬だ。俺とこいつが、今後も別れ別れになることはないだろう。
 乾は踵を返し、指令所に向かった。帰着の報告をするためである。
 米軍が正面のウェワクを迂回し、ホーランジアへ奇襲上陸をかけたのは、それからおよそ一ヵ月後のことだ。





 
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コメント


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*ようこそ、トラブルシューター。*

Computer:
 このコメントフォームに「/」を重ねて書くことは反逆です。
 URL欄にアドレスを入れる者は、恐らく反逆者以外にはいません。

 市民の幸福は、コメントを書き、Computer に奉仕することです。
 あなたはComputer の仕事に感謝して、喜んでコメントを書きますね?
 そうしないことは反逆です! 直ちに処刑の対象になります!!
 
















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