革命国家が勝利に向かって前進する玉川上水のブログ

駿河南海軍工廠の後継。近現代史小説を中心に掲載。

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 一九四五年、独逸第三帝国――。
 大帝都ベルリンは、今や夥しい血と屍に満ち、劫火の中に滅び去ろうとしていた。
 市街は赤軍の砲爆撃によって完膚なきまでに叩きのめされ、絶え間ない爆音が、この総統地下壕の分厚い外壁ごしにも伝わって来る。砲声は昼から暫く止んでいたが、また再開されたらしく、弾着の衝撃が、室内灯を振り子時計のように揺さぶる。一発、二発、三発……最後のはかなり近い。
「悪魔め!」
 明滅する照明の中で、ヒトラー総統は立ち上がり、執務机の卓上ランプを払い飛ばして叫んだ。しかし砲弾の相次ぐ飛翔音と炸裂音のために、その声は室外へ洩れることはなかった。
「ボルシェヴィキのホモ! オカマ! キチガイ! ケダモノ! 乞食共――!」
 一人だけの執務室の中で、ヒトラーは怪物のようになって暴れまくった。本という本、書類という書類、電話、額縁に入った写真、机の引き出し、そしてしまいにはそれまで座っていた椅子までもが、コンクリの壁に叩きつけられた。そしてヒトラーが投げつける事務用品と同じ数だけ、ソ連の122mm砲弾が乱れ飛び、SU-152自走砲が火を噴き、スターリンのオルガンが唸りを挙げた。
 身の回りに投げるものがなくなると、ヒトラーは肩を上下に揺らし、床っぺたに座り込んで、首元のネクタイを緩めた。への字に歪んだ唇が微かにわなないている。
 彼は目を瞑った。まぶたの裏に、街路を勇ましく行進していく武骨な戦車や、ヘルメットの形状が特徴的な、独逸兵の隊列が映った。
 一体、あの軍団はどこへ行ってしまったのか? 彼には分からなかった。兵隊たちはブランデンブルク門に掲げられた巨大なスヴァスティカの下をくぐって、どこへともなく消えていく。そしてその隊列の中に彼が居た。前大戦の亡霊、独逸帝国軍伍長の兵隊服を着たアドルフ・ヒトラーが。彼は、ちょっと立ち止まってこちらを振り返り――しかし後ろの古参兵に背中を小突かれて、またおずおずと歩き出すのだった。
「そんなのってあるか……!」
 ヒトラーはシャツを掴んで握り締め、床に爪を立てて、搾り出すような低い声で唸った。
「私は、第三帝国総統だ……。なるほど、確かに帝国は滅びるだろう。しかし、貧困に打ちのめされていた祖国を救い、欧州を征服し、ユダヤの毒を浄化した功績は私のものだ。この私の意志は、たとえ第三帝国が滅びても、必ずや第四帝国、第五帝国が――」
「甘いよ、お前」
 そのとき彼の背後で、誰かが言った。ヒトラーは目を剥き、振り返りざまに飛び退いた。背が高く、銀色の髪の、骨ばった顔の男が、黒い外套を羽織って立っていた。一体、どこから入ったものか。
「誰だ、貴様!」
 ヒトラーは詰問した。しかし彼がそれに答えることはなく、外套の男は、そのまま独り言のように話し続けた。
「歴史は勝者が創る。だが勝者はお前ではない。お前が敵と呼んでいる連中が、勝者となるのだ。そしてその勝者が創る新時代の中では、お前のやったことは犯罪と呼ばれる」
「犯罪だと……?」
 ヒトラーは、相手に問い質したいことがほかに沢山あったが、犯罪者呼ばわりにされたことが我慢ならず、思わず訊き返してしまった。
「私は、祖国とゲルマン民族の未来のために」
「それだよ総統。これからは、そういう理屈を犯罪とする時代になるんだ。ソロボダン・ミロシェビッチ、金正日、サダム・フセイン」
「……意味が分からん」
「そうか。まぁ、分からんならそれでもいい。分かる必要はない。どうせお前は死ぬんだ」
 ――それもそうだ。
 彼はそう思ったので、無言で頷いた。彼はもとより自殺するつもりでいたのだ。祖国も民族も必要とされない世界など、彼自身が願い下げだった。
 外套の男は応接用のソファにゆったり腰を降ろし、「座れよ」とヒトラーにも奨めた。ヒトラーは男と向かい合う席に腰を降ろした。
「俺は、商売柄、ここへ来たんだ。勝手に部屋に入って悪いね」
「あんたは誰なんだ。商売だって?」
「私はメフィストフェレスだ」
 男は、床に散らばっている本のうち、一冊を指差した。ゲーテの戯曲「ファウスト」のノヴェライズ版だ。
「あれにも出てくる」
「喧嘩を売るのか!」
「いや、悪魔だ」
 メフィストフェレスは、拾い上げた「ファウスト」の表紙を丁寧に払い、テーブルに置いた。
「あんたと契約したい」
「舐めるな! 帰れ!」
「そう昂奮するもんじゃないよ、総統。こっちは商売なんだぜ?」
 メフィストは両掌を広げて見せ、次いで煙草を見せた。「ここは禁煙だ」とヒトラー。
「煙草は、身体に毒だ」
「ふむ、そうか。そりゃ悪かったな」
 メフィストはちょっと呆れたふうに眉を動かし、取り出した煙草を外套の中にしまった。
「さっきの続きだが、このまま行くと、未来ではお前は気違い扱いだ」
「なにお、この野郎」
「だまって聞け。私はな、お前のことなんか何とも思っていない。同情もせん。ゲルマン民族の未来も関係ない。だいたい私は悪魔だから、人間の世界がどうなろうと興味はない。分かるか?」
 ヒトラーは頷くかわり、険しい顔をして腕を組んだ。
「私は、未来の世界でお前がどういう評価を受けるかなど、知ったことではないが、お前は興味があるらしい」
「当然だ」
「そうだろうな。だが、未来が下す評価はお前の考えているものとはまったく違う。お前は犯罪者で、気違いだ。何故そうなるのかというと、つまりお前が負け犬だからだ」
「………」
「勝てば犯罪者にはならん。焼夷弾の雨と原爆で、何十万という人間を殺しても、勝てば正義になる。それが世の中っていうもんだ」
「神々の世の中もか」
「まぁ、そうだ」
「人も、神々も、負けたらお終いだな」
「お終いではないが、悪党になる。そういう点で、我々は似たもの同士だ」
「悪党仲間か」
「そう。気が変わってきたか?」
「すこし」
「その調子だ」
「具体的に言うと、どういうことなんだ」
 ヒトラーが訊ねると、メフィストはやおら「ファウスト」の巻を開き、第一部、悪魔メフィストフェレスがファウスト博士と契約するシーンを開いてみせ、それをヒトラーに押しやった。
「説明すると、こうだ。私と契約すれば、まずお前は人生をやり直すことが出来る。ある時点まで戻ってそこからやり直すか、出生の段階からやり直すのか、それはお前が決めろ。そうしてその人生では、この世のあらゆる人間が、私の力でお前の意のままに動く」
「なんだって?」
 ヒトラーは瞠目して聞き返した。
「将軍でも、閣僚でもか」
「誰でもだ。お前は独裁者だが、国防軍の将軍たちはお前に必ずしも忠実ではなかっただろう」
 ヒトラーは目を伏せて、小さく頷く。
「私と契約すれば、お前に反抗する将軍など有り得ない」
「素晴らしい!」
 ヒトラーは諸手を打って立ち上がった。
「すぐに契約したい! 万年筆は」
「まぁ、待てよ」
 ヒトラーはすっかりその気になったふうであったが、メフィストは落ち着いて相手を宥めた。
「契約だから当然だが、無料とはいかない。そこのところを聞いてから決めてくれよ。……いやね、最近は貰うだけ貰って契約は守らない、そんな話は聞いてない、なんて客が多くて、こっちはうんざりしてるんだ。二十世紀の人間は、人間の中でも最低だ」
「そうだそうだ、本当だ」
 ヒトラーが愉快そうに笑って言うと、また近くに大砲の弾が落ちて、電灯の明かりが消えた。砲弾はさっきからずっと落下し続けている。
「私と契約すると、」
 メフィストが話し始めると、室内灯がパカパカ点滅し、それから点いた。メフィストは頭上をうっそりと見上げて言葉を区切り、話を続ける。
「私と契約すると、いま話したような協力を私はする。その代わりお前が死ぬときには、お前の魂は天には行けない。神のやつは、私と契約した者の魂など、受け入れないからな」
「それじゃどうするんだ」
「死後のお前の魂は、私が預かる。そして終末の日、我々が神に戦いを挑むとき、お前は我々の側の兵士となって戦う」
「――ほかには?」
「何も。何もない」
「お前たち悪魔が勝てば、この世の中は暗黒時代になるはずだ」
「ばかだなお前。そりゃ神のプロパガンダだよ。さっきも言っただろ? 勝者が歴史を創る。悪魔が勝てば、悪魔が神になる。神は悪魔になる。それだけのことで、我々はお前たち人間の世界をどうこうしているほど暇ではないよ」
「それは、まるでオセロ・ゲームだ」
「その通り。駒の多いほうが勝つ。どうする? やめるなら構わんぞ。どうせもうお前の言うことなんか、信じるやつはいないし、それにお前は死ぬんだ」
 ヒトラーは、すこし俯いて、だまった。
 敬虔な、とは決して言えないが、彼とてプロテスタントである。悪魔に心を売り、神に弓引くことに抵抗もある。しかし――彼の心のタガは、もう既にその多くが、あまりに多くが、外され過ぎていた。
 そればかりではない。
 彼の見た理想国家の夢は既に破れ、彼が救いたかった独逸という国も、世界一偉大と信じていたゲルマン民族も、彼が愛し、不条理なこの世界から守りたいと願った一切のものも、いまはもう、巨大な破滅のるつぼの中にある。
 戦後の独逸国民が、彼を許すことはないだろう。
 万民が幸福に暮らす理想社会を約束しながら、独逸全土を死と破壊の海に沈め、敗戦の苦しみをもたらしたこの男を、悪魔と罵倒することだろう。その悪魔を熱狂的な歓呼の声で迎え入れた、彼ら自身の途方もない無能を忘れて……。
 彼はもう、悪魔と契約する段階にはなかった。
 彼自身が、既に悪魔になっていたのだ。
 呪われた褐色の旗を持つ、ナチスという悪魔に――。
「――これは、若返りの薬だ」
 契約を交わし終えると、メフィストは一発の弾丸状のものを懐から出し、それをヒトラーに見せてから、彼のワルサーP38に装填した。そうして、口を大きく開け、銃口をその中に向けてみせる。
「こうやって撃てば確実だ」
「……あまり気持ちのいいもんじゃなさそうだな」
「良薬口に苦しだよ、総統。やってみな」
 メフィストは拳銃をテーブルの上に置いた。ゴト、と金属質の重厚な音が室に響く。
 ヒトラーは拳銃を手にし、暫しそれを見つめた。不思議と恐怖はない。頭上では、未だに砲声が殷々とこだましていた。
「ようし」
 ヒトラーは口の中に思い切り良く銃口を突っ込み、引き金を絞った。刹那、銃声が地下壕を駆け抜け、ヒトラーの頭が爆発した。軍靴の音が次々と集まり、足早に駆けつけてくる。
「閣下」
「総統閣下!」
 何人かの者たちがヒトラーを呼びながら、ドアを激しく叩く。
 潜水艦の防水扉のような分厚いドアだが、鍵はかけられていない。すぐにハンドルが回され、地下壕の高級軍人たちが飛び込んできた。そして、ヒトラーの死体を目の当たりにした。メフィストは既にいない。
「総統」
 ヒトラーの死体を見下ろして、ヨードル上級大将が青ざめた表情で呟いた。間もなくしてやって来たカイテル元帥も、暫くの間、ヨードルと同じように立ち尽くしていたが、やがて胸ポケットから煙草を取り出すと、火をつけて吸い始めた。そしてほかの将軍たちも、次々とそれに続いた。

 一九四五年四月三十日。ベルリンの総統地下壕で、アドルフ・ヒトラーは「自殺」した。一週間後、第三帝国は連合国に降伏。こうして、軍民合計五百万の死者を出した独逸の闘争は終わった。――余談だが、キリスト教の戒律では、自殺は厳禁とされている。



 >次章:「第四帝国」


コメント


ヒ「………うぅむ、ハッ!? こ、ここはどこだ?」
(総統、周囲を見回し、ついでに自らの体に対する異変にも気付く)
ヒ「ヒゲがない! いや、肌にハリもある! こりゃ、あの薬は本物だったみたいだぞ!! ぶわははは、見てろよ! 今度こそ念願の世界帝国を建国して………ん?」
高野56「前世から来ました」
前原「やっぱり前世から来ました」
大高「右に同じく前世から来ました」


ヒ「ちくしょおおおおおお!!」
2008/01/18 21:22URL  山本 瑞鶴 #ZB43l.tY[ 編集]

玉川上水は独逸海軍を応援します。
やっぱりそうなるのかw

でもそういう続きでもいいなw
2008/01/18 21:25URL  早池峰山(廠長) #w1X/gZh6[ 編集]


転生したヒトラーは不意に目に留まったキャンバスに心を奪われる。それから筆を一心不乱に走らせ風景画を描く。
ヒ「あ~これだ。芸術こそ私の本来目指したものだ」
メ「世界制覇はどうした?」
ヒ「そんなものはどうでもええ。それよりもお前モデルになれ」
メ「へいへい分かったよ・・・」

これじゃ架空戦記向きじゃないね(笑)
2008/01/20 17:58URL  葛城マサカズ #-[ 編集]

デジャブ
あ、あれ?
なんかその話、どこかで書いたようなw
2008/01/20 18:21URL  早池峰山(廠長) #w1X/gZh6[ 編集]


この記事に対するコメントの投稿



*ようこそ、トラブルシューター。*

Computer:
 このコメントフォームに「/」を重ねて書くことは反逆です。
 URL欄にアドレスを入れる者は、恐らく反逆者以外にはいません。

 市民の幸福は、コメントを書き、Computer に奉仕することです。
 あなたはComputer の仕事に感謝して、喜んでコメントを書きますね?
 そうしないことは反逆です! 直ちに処刑の対象になります!!
 
















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