革命国家が勝利に向かって前進する玉川上水のブログ

駿河南海軍工廠の後継。近現代史小説を中心に掲載。

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Category :  小説
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 第二部です。







 帆布に風を満たし、寄る波を分けて、船が海を行く。船上には夜霧が薄くかかり、青黒い影が時折のそのそと動く。それが人影であると気付くのに、わたしは多少時間を要した。
 全部で二十名ほどだろうかと、わたしは当たりを付けた。船内にはもっと居るだろう。みな甲冑を付け、剣を帯した兵士である。わたしもその中の一人だった。

 甲板はざわついていた。兵士らの談笑の声、船の軋む音、遠い海鳴りが、代わる代わる引き継ぎ合って、静寂の底にうごめいている。喧騒と静寂は、一見矛盾するようだが、実は共生が可能なのだ。とくに、このように穏やかな海の上では。

 船べりに寄りかかって、ぼんやり佇んでいると、ある兵士が語りかけてきた。同じ日本人に見えたが、なぜかわたしは、彼の話す言葉が分からなかった。わたしは何度か聞き返してみたが、結局分からぬままで、あいまいに笑いを返し、その場をしのぐしかなかった。

 暗い檣楼のうえで、物見の兵士が何事か叫んでいる。その方向に視線をやると、水平線に薄い青紫の隆起が見えた。船が近付くにつれ、しだいに形が明瞭となり、やがてそれが陸だと分かった。

 四方を見れば、海を埋めるが如き大船団である。

 それは水平線の端から端まで続くほどで、千隻も居るように見えた。すべての船がこの船同様に兵士を乗せていれば、十万に近い数の軍兵が、海を渡り、いままさに新たな陸へ上らんとしていることになる。

 日の出前の薄明と空気の冷たさが、わたしの思考を徐々に明瞭にさせていった。
 彼らはどこに行くのだろう。装備を改めはじめた兵士たちを見ながら、わたしはそのことを考え、そして気が付いた。わたしも、そこへ行くのだ。

「起きろ」
 わたしを呼ぶ声がした。
「敵襲だぞ、少尉」



 眠っていたことも、夢見ていたことも忘れ果て、わたしは跳ね起きた。
「敵襲」
「そうだ。いよいよだぞ」
「開戦ですか、戦闘はもう?」

「百聞は一見にしかず」
 朴少佐は戦闘帽を被り、わたしに言った。帽子のデザインは日本軍と同じもので、帽章だけが違っている。
「日本のことわざにもある。来給え、外へ出よう」
 わたしは少佐に続いて小屋を出た。

 すでに夜は更けていたが、空には月もなかった。
 遠い砲声が夜陰の奥でひくく連続し、眼下の平野に着弾の閃光が跳ね回っている。そこへ目がけ、太く長い曳光弾が、夜空に白い放物線を描いて、止め処もなく浴びせかけられていた。発射のたびに夥しい光が湧き、その発射地点だけが瞬間、鋭く輝く。山野に谷に、規則的に唸る不快な重低音。

「あれは?」
 わたしはその不思議な光芒を双眼鏡で見ながら、少佐に訊いた。
「噴進砲だな」
 朴少佐は一瞥して答えた。
「トラックの荷台に発射機を積み、連続して撃てる。発想は安易だが、強力だ」
 我が軍にはない種類の兵器のようだった。わたしは双眼鏡を降ろし、朴少佐を見た。噴進砲の発射光が閃くごとに、少佐の横顔が闇の中に浮かぶ。
「昔、ニュース映画で見たよ。ソ連のね」

 北側の軍備はソヴェートの後援により、飛躍的に強化されていた。独ソ戦争で使われたソヴェート製兵器が大量に供与され、終戦後八年を経て、ふたたび火を噴いたのである。

 それはまことに呆れるほどの砲弾の投射量であって、これほどまでに叩かれては、生きて居る者はひとりも無いのではないか、とわたしは思った。とにかく一刻も早く、このことを軍司令部に伝えねばならなかった。

 わたしは小哨の電話を借り、龍山の向坂大尉殿に電話連絡を取った。深夜二時を回っていたが、大尉は起きておられた。わたしは電話口に向け、分かる限りのことを矢継ぎ早に告げ、最後にこう付け加えた。
「小競り合いではありません。本格的な攻撃です」

『敵は照明弾を上げたか?』
 わたしは十字に格子の入ったガラス窓を上げ、肩まで身をのり出して外を見た。丸い光弾がゆっくりと落ちていくのが遠くに見える。わたしは電話口に戻り、答えた。
「いいえ、信号弾だけです」

 この時点ではまだ、敵歩兵の攻勢は始まっていないようだった。だが砲撃が止み、照明弾が打ち上げられたならば、いよいよ地上侵攻が始まるだろう。わたしは緊張を抑えることが出来なかった。国境の友軍は敵を支えきれるだろうか。

「少尉」
 わたしを見て、朴少佐が話しかけてきた。「大丈夫か」。
 よほど酷い顔色(がんしょく)だったのだろう。わたしは子供のころ聞いた、いろいろな戦場の話を思い出していた。

 わたしの少年時代、帝国はやはり戦時下にあった。広大な太平洋を舞台に戦われた、米国との大東亜戦役である。

 その頃――昭和十年代は、現代の我々からは夢想も出来ぬような、壮大気宇なる大東亜共栄圏の理想がさかんに唱えられた時代であった。

 東亜唯一の強国である我が大日本を心臓として、東亜民族が一丸となり、西洋列強の三〇〇年に渡る植民地支配を破砕、ひいては世界民族を牽引し、皇祖以来三〇〇〇年の歴史を持つ我が皇室の御稜威と、天照大御神を奉ずる我が国古来の日本精神を以って、広く五大洲を光被し、日本民族を世界の先駆者たらしめんとする大理想である。

 だがそのために血を流したのは、各地から応召した将卒であった。

 昭和十六年、比島の内戦に帝国が出兵したときの、勇壮な新聞の紙面をわたしは覚えている。わたしが郵便受けの新聞を手に取って、興奮した調子の見出し記事を読んでいた、まさにその時にも、戦地では幾多の将士が弾に倒れ、野に伏していたはずである。

 その後、米国との間に生起した大東亜戦役が、実に二箇年の長日月に渡って戦われるのであるが、銃後の小国民に過ぎないわたしにとり、戦争は海の向こうの物語でしかなかった。軍事教練や防空演習、軍需工場への勤労動員はあったが、戦場は遥かに遠く、戦地の現実など知る術もなかった。

 だが、それから十年が経ち、今や本当の戦線にわたしは在った。皇国に仇なす憎むべき敵。一億の帝国臣民のなかで、それに最も近く対峙する、帝国の尖兵になったのだ。



 朝鮮戦役を記録した文章や映像作品は、こんにちでは多大な数に上るが、その劈頭を物語る内容は、押しなべてひとつである。それは北側のすばらしい火力であり、すべての物語、戦いの記録がそこから始まる。

 わたしは戦中戦後を通じ、様々な思想・性格の皇軍将士と出会い、言葉を交わしたが、やはりあの大量の砲迫と集中砲火には、誰しも舌を巻いたようである。無論、わたしもだが。

 聞くところに拠れば、戦場における将兵の死傷の内訳は、その大半が砲弾に因ると謂う。其処から考えても、殆ど最後まで撃たれる一方だった我々が敗れたのは当然であった。

「ちっとは撃ち返したら如何なんだ」
 わたしと一緒に見張やぐらに登っていた韓国兵が、双眼鏡を構えたまま舌打ちした。付近には味方の重砲隊も展開しているはずだが、なぜか沈黙を続けている。

「確かに不可解だ」
 わたしは双眼鏡を降ろして、彼に言った。「彼らと連絡が取れるかな」。
 韓国兵の彼は、ちょっと吃驚したようにわたしを見た。朝鮮語が分からないと思っていたのかもしれない。
「連絡は本部を介して可能であります。調べますか」
「いや、私がやるよ」

 所属も国籍も違うわたしが、小哨の兵士を勝手に用立ててはいけないと思い、わたしは梯子を降りた。やぐらの下には朴少佐が立っていた。
「どうもおかしい。なぜ味方は撃ち返さんのか」

 この小哨が建つ丘からは、敵味方の陣地がかなり広く一望できる。それを見込んで、朴少佐もこの小哨までやって来たのであろう。少佐の双眼鏡は、日本軍の一〇五ミリ砲がある陣地を向いていた。

「中隊本部に問い合わせてみます」
「無駄だよ」
 少佐はにべなく言った。
「本部でも分からんそうだ。伝令を走らせたと言ってたよ。電話線を切られたかな」
 考えられることだったが、それならば無線で呼び出せば済むことである。朴少佐は初めて深刻そうな顔を見せた。
「些か、ぞっとせんな。何かが起きたんだ」

 そのとき、殷々たる砲声を破って、何かが割れる音が夜空に響いた。小哨の倉庫の裏に火の手が上がり、続いて乾いた銃声。炎はたちまち燃え上がって、辺りを明るく照らし出していく。ドドドド……。やぐらの韓国兵が軽機を掃射した。敵だ。こちらからは見えない。

「おい、どうなった」
 素早く拳銃を抜いた朴少佐が、柱の影に身を隠して、頭上のやぐらに向かって叫んだ。わたしは朴少佐に腕を取られ、諸共に引きずり込まれている。
「倒しました」
 頭の上から朝鮮語が返って来た。「敵は二人。火災は火炎瓶に因るもの」。

「また来るぞ、注意しろ」
 朴少佐は拳銃に弾を装填し、安全装置を外した。わたしも拳銃を抜いた。いやに冷たく、手が震えて、何度も取り落としそうになった。火炎瓶による火災のせいで、こちらは闇夜の中にすっかり映し出されている。わたしは燃え盛る炎を恨めしく思うと同時に、周囲の闇すべてが敵であるように感じた。

 どこからか、かすかに笛の音が聞こえてきた。敵の攻撃の合図だろうか。わたしは拳銃を固く握り締めた。膝が笑い、腰の軍刀がガチガチ鳴った。朴少佐は空を見上げている。笛の音が長く、大きくなった。

「迫だっ」
 とつぜん、朴少佐が叫んだ。「伏せろ!」。

 わたしは首根っこを掴まれ、強引に地面に押し付けられた。跳ねた泥が口に入り、それを吐き出そうとしたとき、小哨長舎に迫撃砲弾が飛び込むのを見た。粗末な急造の小哨長舎は一撃で粉々になり、白い書類が四方八方に吹き飛んで、土砂とともに舞った。爆発が立て続けに起こり、最終的に何発撃たれたものか、わたしには見当も付かなかった。

「ちくしょうめ」
 朴少佐は砂をつばと一緒に吐き出して、毒づいた。
「砲兵の奴らもこれか」

 大破した兵舎から、何人かの韓国兵があわてて飛び出してきた。兵舎の窓からは大変な勢力で煙が噴き出ており、みな酷く咳き込んでいる。そこへ向かって、闇の中から軽機が唸りを上げた。高く飛び出す空薬莢が炎に照らされて、赤く見えた。

 たちまち血煙が立った。
「軽機を潰せ!」
 少佐は命じながら、銃剣先を閃かせて飛び込んできた敵兵に、正確な三連射を叩き込んだ。やぐらの軽機が銃口を巡らし、斜面の草むらに隠れている敵の軽機を掃射する。何人もの敵兵がもんどり打って倒れ、腕や頭が血飛沫と共に吹き飛ぶのが見えた。わたしは思わず顔をそむけた。

「退散だ」
 朴少佐はやぐらに向かって言った。
「軽機を外して降りて来い」
「少佐殿。お先に」
 やぐらの兵士は、答えながらもう一度敵を掃射した。
「掩護します」
「可し!」

 朴少佐はわたしの手首を掴み、今度は無理やりに引き起こして、腕が抜けるかと思うほどの勢いで駆けだした。少佐もわたしも、そのまま振り返らなかった。背後で軽機の掃射音。わたしたちは飛び込むようにして、建物の影に潜り込んだ。朴少佐は素早く片足を立て、拳銃を構えた。

「はやくしろ」
 朴少佐の怒鳴り声は日本語になっていた。朴少佐は物陰から身体を翻して、拳銃を三発撃つ。再び影に隠れたとき、石塊のようなものが宙を飛び、やぐらの柱に当たって、転がった。ちょうどそのとき、軽機を背負った兵が梯子を伝い、降りて来たところであった。

 彼がそれに気付いた否か、わたしには分からなかった。が、それはともかく、手榴弾は爆発し、赤黒い爆煙が破裂した。やぐらが大きく震え、木が裂ける鈍い音とともに傾いでいき、最後には横倒しに倒れた。土埃が噴き上がり、いっとき、あたりが見えなくなった。

「今だ」
 朴少佐は銃を一発撃つと、わたしを引きずったまま走った。味方はというと、土嚢を積み上げた小哨の機銃座が、まだ辛うじて持ちこたえていた。

「おい、生きてる者は聞け」
 少佐は銃座を守っていた兵らに言った。
「これより転進し、友軍と合流。しかるのち逆襲に転ずる。みんな、俺に続いて来い」
 すると、その中で一番の上級者である曹長が反駁を加えた。階級から見て、彼が小哨長だろう。
「お言葉ですが少佐殿、自分は本部より当小哨の守備を任されております。中隊本部から任を解かれない限り、当小哨を放棄することはできません」

「馬鹿野郎」
 朴少佐は甲高い声で怒鳴った。韓国兵にも通じる日本語だった。
「つべこべ抜かすな」

 この少佐の性格は、まったく強引そのものであったが、逆にわたしはそれを頼もしく感じた。この人についていけば、何か良い方途もあるかもしれないと、そんな風に思わせるところのある、指導者向きの人物であった。

 わたしたちは少佐の後に続き、暗闇に紛れて、密かに脱出した。何度も敵兵とすれ違いながら、慎重に敵の包囲を抜け、丘を下り終えたとき、燃え盛る小哨よりも更に明るく、北の夜空に照明弾が上がり、私もみなも、黙ってそれを見上げた。南へ逃げ延びる兵たちの、疲れた黒ずんだ顔が闇に浮かぶ。わたしも、疲れ果てていた。



 明け方近くなって雨が降り出し、細く白い雨が、戦野を濡らした。

 わたしたちは無事に味方と合流し、暫く街道で様子を見ていた。国境での戦闘はどうなっているのか。勝っているのか負けているのか、わたしは情報を求めて、さまざまな階級・所属の人間に話を聞いた。が、その内容はてんでんばらばらで、まったく要領を得なかった。

 昼近くなってわたしが見たものは、北方から続々と敗走してくる友軍の部隊である。これほどの兵隊がどこから現れたものであろう。わたしはその数に驚いた。

 北ではなおも戦闘が続き、銃砲の音が絶えることなくこだましているが、既にこの時点にして、前線の一部では防禦線の綻びが目立ち始めていたのである。事態がこのままに推移すれば、やがては全戦線が崩壊を余儀なくされるであろう。

 わたしは、わたしの職場へ帰らねばならない。わたしは朴少佐たちと別れ、京城の司令部に戻ることにした。少佐は、近くを通りがかったトラックを止めてくれ、それにわたしを乗せてくれた。

「気を付けて行け。もう来るなよ」
「少佐殿もお元気で」
 わたしたちは別れ際に敬礼を交わし、互いに名を名乗りあった。先にわたしが名乗り、それに続いて、少佐が応じた。
「朝鮮国軍少佐、朴正煕だ。命があればまた会えるな」

 そうして、硝煙と泥で黒ずんだ頬を歪めて、彼はわたしに微笑してみせた。
 この人には、わたしは終始面倒のかけ通しであった。少佐の言うとおり、わたしもこの人とは、明日にでもまた会うことになるような気がしていた。

 運転手の兵士がクラッチを繋ぎ、車が走り出す。負傷兵を後ろの荷台に載せ、車輌は京城へ。戦雲は動き始めた。京城が戦地である。

コメント

No title
まってました!

続きが出るのを
どれだけ待った事か

2009/05/11 00:46URL  F2支援戦闘機 #syYSEaHs[ 編集]

No title
お待たせして大変申し訳ないです。(w

泥臭い話が続いてますが、次の第三部ではメカをバンバン出すつもりでいます。
楽しいなあ。

今月中にできるかな、無理かな、といったところ。
2009/05/11 00:55URL  廠長 #Iu2BPJvY[ 編集]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/05/28 18:11  #[ 編集]


この記事に対するコメントの投稿



*ようこそ、トラブルシューター。*

Computer:
 このコメントフォームに「/」を重ねて書くことは反逆です。
 URL欄にアドレスを入れる者は、恐らく反逆者以外にはいません。

 市民の幸福は、コメントを書き、Computer に奉仕することです。
 あなたはComputer の仕事に感謝して、喜んでコメントを書きますね?
 そうしないことは反逆です! 直ちに処刑の対象になります!!
 
















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