革命国家が勝利に向かって前進する玉川上水のブログ

駿河南海軍工廠の後継。近現代史小説を中心に掲載。

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Category :  小説
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 軽快な身のこなしで、最初に間合を制したのはイリスだった。イリスは逆手に握ったハンティングナイフで瑞鶴の急所、すなわち眉間、首、胸の順に斬撃を繰り出し、それを悉く弾かれると、一気に身を沈め、無防備の両すねを狙った。瑞鶴は手にしていた大刀を足元に穿ち、その反動を利用して後ろへ跳ぶ。イリスのナイフと、持ち主の手を離れた無銘二尺四寸の刀が高速でぶつかり合い、高周波の打撃音が鼓膜を震わせる。
 イリスは身を屈めると、次の瞬間にはバネが跳ねるように突進し、徒手空拳となった瑞鶴に飛び掛っていた。瑞鶴は着地すると同時に両足に目一杯力を入れ、惰性で後ろへ引きずられる身体を押さえて、素早く体勢を整える。左手は一振り残った脇差の鞘を握り、その親指は鍔を押して鯉口を切る。右手は鍔元を握り、そして双眸はじっと、相手の喉元へ。
 腰を捻る。瑞鶴は脇差を抜いた。鍔先一尺八寸、源清麿。大気を切り裂き、一瞬の真空状態を生みながら繰り出された抜刀術は、しかし、使い慣れない脇差の予想以上に短い間合によって空振りに終わり、イリスの首を飛ばすには至らなかった。
 目の前で白刃が閃くのを見て、身体を捻って咄嗟にかわしにかかったイリスは、背中をしたたかに地面に打ちつけ、一瞬視界が白くなるのを感じたが、考えるよりも先に身体が動き、転がって距離を取り、跳ね起きると同時に頭上からの斬撃を受け止めた。
 イリスにとって、この時ほど充実した、素晴らしい時間はなかった。気を失いそうになりながら、それでも望み、求めた敵と、いま生命のやり取りをしている。互いの息がかかりそうなほどの距離を挟んで、イリスは瑞鶴の両の眼を見た。瑞々しい黒に、わずか、茶色が混じり、そこに差し込む薄い光の加減で、それはこのうえなく美麗な金色の瞳となって、イリスの眼に映る。
 この女を、滅茶苦茶に破壊してしまいたい、とイリスは思った。宝石のように美しいこの瞳が、光を失くし、汚濁したガラス玉のようになっていく様を見てみたい。艶のある黒髪が鮮血で汚れ、そして血溜まりの中に沈んでいく、その姿を見下ろしていたかった。
「どうしても描かせて欲しいのよ。あなたを」
 イリスは、瑞鶴の心の内奥に踏み込んで語りかけた。その言葉への答えのように、瑞鶴は拮抗する刃ごと、イリスを強く押した。イリスは足並みを崩し、背後の古びた家屋に背を打ちつけた。腐ってすっかり脆くなっていた木戸にイリスの体重を支える力はなく、彼女は薄い木戸の裂ける音とともに、砂塵を舞い上げながら派手に倒れた。起き上がるとき殺気を感じ、イリスは地面を転がる。すぐ傍の壁に、脇差が深く突き刺さった。
 イリスはよろめきながらも立ち上がり、ナイフを握り直す。瑞鶴は壁に突き立った脇差を抜こうとはせず、路上に刺したままになっていた大刀を抜いて、構えた。
 イリスはそれを見て、不敵に口元を歪める。目障りだな、と瑞鶴は思った。


「およ、隼鷹やないか」
 瑞鳳は立ち去り際、霧を払い、典雅な足取りで歩み寄る隼鷹に気付いて、声を掛けた。隼鷹は「こんにちは、瑞鳳」と柔らかく微笑む。
 迎えに来てくれたのかと瑞鳳は推測したが、隼鷹の右手の中に逆手に握られた薙刀を見出して、その考えが間違いであることを悟った。
「瑞鶴ならあの影の中におるで。ついさっき、おっとり刀でエンプラが駆けつけて来てん」
「Enterprise ですか。やはり生きていたのですね」
「なんや隼鷹、知り合いか? 自分?」
 訳知るような口調で言った隼鷹に、瑞鳳は意外そうな顔を向けた。しかし隼鷹はわずかに首を振り、「いいえ、でも」と続ける。
「わたくしにはあの方の考えていることが、わかるような気がするのです」
 隼鷹は薙刀の刃先を包んでいた紫の袋を取り、鈍く鉄色に輝く鞘を外した。光がこぼれ、巷を覆う闇を切り裂く。姿を露にした刃の閃きが、隼鷹の頬を照らした。
「止したほうがええ」。その光の中に隼鷹の決意を見て、無駄と知りつつも瑞鳳は咎めた。その表情と声音には、普段の屈託ない童の色はなく、誰よりも経験を積み、練熟した「神」のそれがあるだけである。
「隼鷹。あんたには、エンプラを殺すことは出来へんよ」
 隼鷹は低く笑う。
「わたくしのほうがが殺されると?」
「そうは言わん。……せやな、肉体を殺すことは出来るかもしれへん。けど魂を滅ぼすんは、隼鷹には無理や。翔鶴にも、勿論、うちにもな。そして魂が生きるかぎり、やつは幾度でも蘇る」
 金属同士の衝突音に続いて、薄い木の板が裂け割れるような音。「――それではまるで」暫しの沈黙に続いて、隼鷹は言った。
「不死身ではないですか」
 瑞鳳はそれには答えず、目を逸らし、喧騒の渦中に顔を向ける。苦悩も焦燥もないその横顔は、幼い身体の中にさだめを受け入れ、物事を達観した賢者として、隼鷹の眼に映った。しかし若い隼鷹には、その超然として抗い得ない「運命」の存在を、どうしても認めることが出来なかった。
 空母「エンタープライズ」が不死身なら、かつてそれに挑み、漆黒の海の中に消えていった幾千の魂はどうなるのか。「エンタープライズ」が決して沈まず、Enterprise が永久に生きる不死の存在だというならば、その不死なる者と命の駆け引きをして、そして死んでしまった者たちは、風車を巨大な敵と思い込んで突撃したドン・キホーテにも似た、愚かしい者たちでしかない。
 そんなことは、あってはならない。
「瑞鳳。そのようなこと、わたくしは信じません。わたくしが必ず、かの者を仕留めて見せますわ」
 隼鷹はそう言い捨てると、薙刀をひゅっと頭上で回して下段に構え直し、背後の瑞鳳を顧みることなく、地を蹴って走り出す。瑞鳳は半ば呆れ顔で苦笑しながら、もう失って久しい「若さ」の背中を見送ると、朱染めの風呂敷を榊の棒に縛り付けて、肩に担いだ。



 後の先を好む瑞鶴が、自ら先手を選んで動いた。正眼の構えから左足を蹴り、右足で踏み込む。しかし瑞鶴の心の底にわずかに沈殿していた気の迷いが、充分な踏み込みを怠らせ、普段より半歩も早い打突に至らせた。 既にすっかり瑞鶴の間合を読んでいたイリスにとって、それよりも遥かに甘く繰り出された斬撃をかわすなど、造作もなかった。袈裟斬りの切っ先を紙一枚挟んだ距離に見て、イリスは腰を落とし、水平に構えたハンティングナイフを真っ直ぐ瑞鶴の心臓に向ける。
 殺される。そう思ったとき、瑞鶴は顔色を失くして、瞳に恐怖の情を映した。全身のリピドーをぶつけ、全力でイリスを拒絶する。イリスの碧羅の眼は、自らを拒むその強い心の壁を、しっかり捉えてしまった。
 一瞬、ほんの一瞬だが、イリスは戦いの興奮状態から引き戻された。瑞鶴はそれを見逃さない。太刀を捨て、背中に体重をかけると、右足を軸として一回転し、イリスの右腕を掴む。右肘をイリスの脇の下に入れ、そして腰払い一閃、帛を裂く掛け声とともに、背負い投げで地面に打ちつけた。瑞鶴は鞘から小柄を抜き、足元に仰向けに倒れているイリスの喉を狙う。イリスは右手を掴んでいる瑞鶴の左手を振り払うと、寸でのところで小柄を受け止め、空いている左手で瑞鶴の顎を打ち上げた。
 瑞鶴がよろめく間に、イリスは立ち上がって体勢を整え、ナイフで二、三度空を払うと、逆手に持ち直して再び瑞鶴を強襲した。瑞鶴は小柄で防ごうとしたが、大型獣の骨や筋をも断てるハンティングナイフと、本来雑用に用いられる小柄では勝負にならず、真正面からぶつかり合った小柄は、派手な音を立てて勢い良く弾き飛ばされた。続く二撃目を瑞鶴は倒れこむようにしてかわし、斬り取られた頭髪が二、三本、宙に舞う。
 瑞鶴は地を転がり、とにかくイリスの間合から逃れようとしたが、イリスは素早く追いすがって、最後の一突きを繰り出してくる。瑞鶴は背後の闇の中を手で探り、何か硬いものを手のひらに感じると、必死にそれを握って、イリスのナイフを顔面のすぐ間近で受けた。それは、既に死してこの世にはいない、ホーネットのウィンチェスターM1873バーアクションライフル銃だった。
「諦めなさい。カタナを持たないあなたに、勝ち目はないわ」
 汗粒を滲ませたイリスが言う。辛うじて受け止められたとはいえ、上を押さえ、刃物を持つイリスの有利は動かない。獲物の苦しむ姿を見ることは、イリスの好むところではなかった。
 しかし瑞鶴は、限界の近い身体から力を振り絞って、不敵に笑って見せた。
「いいえ、エリスさん。あなたの負けですよ」
 瑞鶴は、そのときイリスの後ろにゆらめいた影の正体を、誰よりもよく知っていたのである。
 突如背後から発した殺気は、風切る一筋の閃きとなって、イリスを襲った。イリスは紙一重で背後からの奇襲攻撃をかわしたが、注意が逸れた隙を狙って、瑞鶴はライフル銃の銃床を突き出す。イリスは瑞鶴の狙い通り鳩尾にそれを受け、わずかに呻きながら数歩よろめくと、前触れなく突然現れた薙刀の女を睨んだ。
「一体なんなのよ、あんたは」
 隼鷹は薄く笑い、薙刀の切っ先をイリスに向けて、応える。
「わたくしの名は隼鷹。USS Enterprise、その不死の命――これより頂戴致します」
 薙刀を回し、言い終わるが早いか、隼鷹は駆け出した。左上に振りかぶり、身体のしなりを利用して打ち下ろす。イリスは後ろに跳んでそれを避けたが、隼鷹の薙刀がそこから刺突に変化したときにはかわしきれず、心臓を狙った隼鷹の刺突はイリスの脇腹を深く抉った。イリスの開襟の白いシャツは、たちまち溢れ出た鮮血で赤く染まる。
 こんなはずではない。イリスの飽和しきった脳の中で、内に叫ぶ悲痛な声が木霊する。
 ほんの数瞬前まで、私はあのカタナの娘――そう、瑞鶴、と言ったあの少女と、自らの命を賭けて対峙していたはずだ。そしてそれは、私のナイフがあの娘の心臓に突き立つか、あるいはその逆に、彼女の繰り出すあざやかで華麗な剣技が、私の身体を斬り裂くか。そのいずれかの瞬間まで、終わることのない勝負だったはずだ。そのために私は、疲労困憊した身体を欺き、全力以上の力でもって、ここまでやって来た。たとえ殺されたとしても、満足できると信じていたのだ。
 しかし今、イリスの前に立っているのは、薙刀を持ち、眼鏡をかけた、顔も名も知らない娘だった。そしてイリスは、自らがこれと決めた太刀筋を目の前にしながら、それとは別のまったく異なる力によって、一方的に殺されようとしているのである。
 こんなはずではない。イリスの心は、もう一度悲鳴を上げた。
 ゴリ、と何かが潰れるような鈍い音を、イリスは眼前に聞いた。薙刀の柄の先端にあたる「石突」と呼ばれる部分で、眉間を思い切り突かれたのだ。激痛が電撃のように全身を走り、イリスは仰向けに倒れた。視界が急速に暗くなっていく。
 死。その一語が脳裏を掠め、イリスは恐怖で身体がまったく動かなくなっていることを知った。起き上がろうとしても、力が入らない。口からは、意味を為さず、内容を伴わない細々とした声が、途切れ途切れに漏れる。そしてその間にも深傷を負った左の脇腹からは、血液が絶えることなく滾々と流れ出ていた。
 珊瑚礁の色を宿すイリスの眼が、ふと、大刀を手にし、こちらを見下ろしている瑞鶴を捉えた。何かの紋章を染め抜いた黒い羽織、ねずみ色の袴、白い内着と、そして――。
「迷わず、地獄にお行きなさい」
 赤い赤い、血のとばり――。

 艦に戻ったときには、もう日没が間近だった。返り血を浴びた服を洗い、禊ぎを済ませて、瑞鶴は艦橋に向かった。艦橋には野元艦長以下、「瑞鶴」を指揮する男たちが集まっている。その中で最初に瑞鶴に気付いたのは、飛行長の源田中佐だった。
「おう、帰ってきたか。ご苦労だったな」
 いいえ、と瑞鶴は応える。気さくに笑う源田は、機嫌が良さそうだった。
「我が方の勝利は疑いない。『ホーネット』は大破して漂流中。現在『秋雲』と『巻雲』が急行中だ」
 するとまだ沈んではいないのか。しかし、拿捕はできないだろうな、と瑞鶴は思った。ホーネットの魂はこの自分の手で、袈裟斬りにした。全身に浴びた返り血のぬくもりも、その断末魔の表情も、忘れてはいない。魂を殺された艦が、これより後、生きていられるはずはないのだ。
 その時、通信長が紙片を手に艦橋へ上がってきた。中背で細面の通信長は、瑞鶴に気付いて一礼したあと、「艦長」と声をかける。
「二航戦の角田少将からです。先刻こちらから訊ねたエンタープライズ型についてですが、二百五十キロ爆弾数発の命中を確認しているそうです」
「魚雷はなしか?」と野元。
「ありません。攻撃後暫く捕捉していたそうですが、見失ったとのこと」
 それを聞いて、源田が豪快に笑う。
「運のいいやつだ。また生き残りやがったか」
 そんなばかな――。その一連の言葉の数々に、瑞鶴は耳を疑った。
 隼鷹の振り下ろした刃によって、あの少女、エリスと名乗り、美術家だと語った少女が、首筋から斜めに斬り裂かれる瞬間を、瑞鶴はその眼で見ている。血飛沫を上げ、鮮血の血溜まりの中に横たわった身体が、ぬらりとした影の中に沈み、消えていく姿を、瑞鶴ははっきりと見たのだ。
「まぁ、やつに引導をくれてやる機会は、これから幾らでもあるでしょう。なぁ、瑞鶴?」
 明るく言う源田に、瑞鶴は首を振った。
「生きているはずが、ありません」
 日没とともに、南太平洋海戦は終わった。無数の物言わぬ魂を飲み込んで、夜のソロモン海は青白く光る。夜光虫が発する数々の不気味な光の塊は、まるで海の底に消えた死者たちの霊が、いまだなおこの世に生ある戦友たちを、波の下へといざなって歌うかのようだった。

テーマ:ミリタリー - ジャンル:小説・文学

コメント


 今回で南太平洋海戦編はおしまいです。
 でも本編はまだ続くらしいですよ。
(いったいいつまでやるのだろう。それは誰もしらない)
2006/06/16 20:13URL  早池峰 #w1X/gZh6[ 編集]


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*ようこそ、トラブルシューター。*

Computer:
 このコメントフォームに「/」を重ねて書くことは反逆です。
 URL欄にアドレスを入れる者は、恐らく反逆者以外にはいません。

 市民の幸福は、コメントを書き、Computer に奉仕することです。
 あなたはComputer の仕事に感謝して、喜んでコメントを書きますね?
 そうしないことは反逆です! 直ちに処刑の対象になります!!
 
















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